月夜見

     お空に舞うは 〜大川の向こう

     *やたら幅の広い川の中洲の小さな里に暮らす、
      ちびルフィとちょっとお兄ちゃんなゾロのお話です。
      実の兄弟ではありませんが、実の兄より懐いている坊やと、
      それが満更でない、ちょっと口下手な剣道小僧という二人です。

 
急に初夏なみという気温になったりした反動か、
昨日からこっち、それは強い風が時々吹き抜けており。
確かに五月といや、青嵐と呼ばれる荒れ方をするものだが、
これはなかなか強烈だのと。

「レイリーのおっちゃんが言ってたぞ?」

この里では隠居した指物師だが、
剣術や武道関係のその筋では仙人レベルの練達を捕まえて
畏れ多くも“おっちゃん”呼ばわりするちびっこが、
にゃは〜〜っと嬉しそうに笑うお顔に、
ばさりという音がしそうなほど強くしなった影落とし。
太々とした尾を振り回して
遥かに高い頭上の空で 大きなこいのぼりが元気に泳いでいる。

「とんでもない風には困りものだけど、
 こいのぼりが泳いでくれるのは助かるわねぇ。」

ぐんぐんと陽が強くなるこれも証しか、地に落ちる影も日に日に濃くなり、
見回せば柔らかな新芽の緑に映える、白い花々があちこちで咲いていてそれは鮮やか。
洗濯物が竿ごと持ってかれぬように、
竿受けのところを大きめのゴムバンドで締めつつ、マキノさんが晴れ晴れした声を出し。
同じように頭上を見やっていた当家のチミっ子も 尤もらしくうんうんと頷いて見せる。

「でも何で、川で泳いでる魚を空で泳がすんだ?」

今年の新シリーズはなんかややこしい戦隊ものなのが追いつけないのか、
ライダーの方へ浮気したらしい小さな坊ちゃん。
そちらの変身ベルトを腰に巻き、
そのまま仰け反りすぎて仰のけに引っ繰り返りそうになりつつ、
傍に居た仲良しのお兄ちゃんに訊いている。
此処で口をあんぐり開けようものなら、間違いなく後ろへこてんと行きそうだったので。
わあと感動が押し寄せるすんでで止めようとしてか、

「ルフィ、柏餅食べましょう。」

庭に向いた窓を全開にした縁側廊下から、マキノさんがそうと声を掛けたのが何とも絶妙。
途端にウンとそれはいいお返事をし、足元のカタバミを蹴散らすようにして駆け寄ってきた坊やへ、
万が一の折は受け止めようと思っていたか、さりげなく後背に立ってた小さいお兄ちゃんが
いきなりの展開へちょっと驚いたよに大きく目を見張っていたのが、この際は何だか可愛らしくて。

「ほらほらゾロくんも。いらっしゃい。」
「…はい。」

大人げなかったかな、でもでもここはお姉さんに一本取らせてもらおうと。
何へも気づかなかった振りを通し、おいでおいでと手招きをすれば。
向こうも出来たお兄ちゃんで、拗ねることもなくすたすたと縁側までをやってくる。
よいしょと腰掛けた手元へどうぞと差し出されたおしぼりを受け取って手を拭い、
其方は既に準備万端だった弟分が早く早くとお待ちかねなのへににぃと笑って。

 「「いただきますっ。」」

柏の葉っぱにくるまれて、淡く甘い目に味の付いた白い餅の中に、
なめらかな漉し餡が詰まったお餅はマキノさんの手製で。
美味い美味いと3つ4つ、この小さな身には結構たくさん食べてから、

 「なあ、何で鯉のぼりなんだ?」

ああ、さっき訊いてたわねぇと、
オレンジジュースを出してやりつつマキノが思い出す。
こういうことを厳かに説明する担当は父親が担うものだが、当家のお父さんはいかんせん、
王子が何か訊いても良く判らない与太話を披露して
自分からがはは…と笑いだしてしまう宴会部長気質なものだから。
最近ではルフィの側も こういう“何で?どうして?”案件を自分から訊こうと構えなくなっており。

 『それが寂しいねぇなんて言ってんだけど、自業自得じゃあないのかねぇ。』

長男や副社長から呆れられてりゃあ世話はない。
…じゃあなくて。

 「それはね、鯉っていうのは大人になると川の流れをどんどん遡ってって、
  滝も昇っちゃえるほど強いのは そのまま龍になって空に昇っていくことから、
  男の子がそのくらい元気になりますようにって揚げるようになったのよ?」

朗らかな笑顔のまんまで話すマキノさんだったが、それでも内容はなかなかにダイナミックで。

「ほぇえ〜、龍ってあの龍か? どらごんぼーるに出てくるでっかいのっ。」

それはすごいと、日頃も大きな目をもっと見張って驚く坊やだが、
どらごんぼーるのというより、

 “どっちかといや、日本昔話の、かも知れないけど。”

ですよねぇ。七つ集めたら何でも望みをかなえようって話へよじれてどうするか。
ままそこはわざわざ注釈を入れるまでもないようで、
凄い凄いとワクワクしつつ、蒼穹にはためく三匹の真鯉を見上げる坊やで。
去年は確か“なんでかしわ餅食べるのか”だったっけねぇと思い出しつつ、
ああいつまでこんな、お伽噺を喜んでくれるのかしら。
もう小学生だもの、そのうちサンタさんも七夕のお話もただの作り話だなんて、
ただの行事だなんて割り切るようになっちゃうんだろうなと。
成長は嬉しいものの、ちょっと寂しくもあるわねえなんて、
ちょっぴりしんみりしかかったものの、

 「そかー、じゃあ龍とかドラゴンはみんな日本の川から変身してったんだな?」

  はい?

 「ルフィ、そうじゃない。ウナギや鮭じゃないんだから。」

  は、はい?

 「え? ウナギや鮭もドラゴンなるのか?」

  えっとぉ?

 「だから、全部が全部、日本産じゃあないんだよ。」

  ドラゴンのお話って世界中にあるだろう?
  眠れる森の美女とかにも王子が退治するのが出てくるし。

  あ、そうだよな。

 「日本の鯉だって数えるほどしか龍にはなれてねぇ。
  物凄い珍しいことだから目出度いことで、
  そんなくらい目出度いお祝いだから、龍になれそな空飛ぶ鯉も飾るんだ。」




 それは きりりと引き締まったお顔で超真面目に語ったゾロくんだったのへ、
 小さな王子がそっかぁvvとそれは幸せそうに喜んでいたので。
 …まま、大意は外れてないことだし、ウチではそういうことにしとこうかと。
 ちょっと複雑そうに、でも、なんだか可笑しいと吹き出しそうになりつつ、
 小さなボクたちの真摯なお話へ、
 大したもんだなぁなんて感心しちゃったマキノさんだったそうな。

 
     Happy Birthday!  To Lufffy




  〜Fine〜  18.05.04.


 *今年のお誕生日は大川の中洲の王子様を祝いました。
  サンタさんはいつまで信じているものかとか、
  それにしちゃあ、何で?というのは聞いてくるよなぁと、
  世のお母様がたは お子さんの成長と
  どんどん高度になってゆく“なぜなぜなんで?”に挟まれて
  さぞや複雑なんでしょうねぇと思いまして。

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